学校は行かなくちゃけないところではない

不登校を経験した男の子のお話しです。
現役高校生が語る!3年半の不登校が僕をエンジニアにしてくれた
ご両親が素晴らしい。
お子さんとの仲が悪くなったり、
ご夫婦での意見が合わなくて喧嘩をされてたようですが、
試行錯誤しながら
お子さんを支えていたんだと伺えます。

茂木健一郎さんの
「新たに不登校になった小中学生6.5万人」のニュースに思う。

職業柄、お子さんが不登校の親御さんから、ときどき相談を受けます。

そのようなときに強く感じるのは、「ほんとうは学校に通うべきなのに」という、世間の風圧のようなものです。それを、親御さんも感じていらっしゃる。

心は見えないから、無理なときは本当に無理なのに、「がんばれば行けるのになぜ行かないのか」と周囲が思ってしまう。そこに問題がある。

ぼくは、はっきり言いたい。学校に行くのが無理なときは、行かなくていい。学校に行かない権利がある。

それに、学びのかたちは一つではないです。アメリカでは、家庭で学ぶホーム・スクーリングの子が約200万人、全体の約3.4%いると言われています。これからの時代は、さまざまな学びのかたちを提供していくのが、社会の務めなのではないでしょうか。

学校に行かないと、社会性が身につかないという議論も、よく聞きます。
しかし、学校に行くことで身につく社会性とは、一体なんなのでしょうか?

社会には、さまざまな年齢の方がいますよね? おじいちゃんも、おばあちゃんも、おじさんも、おばさんも、小さな子も。そんな中で、さまざまな人と関わるのは、確かに社会性だと思います。

一方、学校の、同じ学年の子がばーっと密集している、あの均質な感じ、そんな中で、いじめがあったりするあの環境は、それがたとえ社会性だとしても、かなり特殊な社会性だと思うのです。それに適応できる子もいるけども、適応できない子もいる。

そして、あの、学校の社会性に適応できなくても、それは、敢えて言えば大したことではないと、ぼくは考えるのです。

もちろん、学校の大切な役割はあります。行けたら、行ったらいい。
しかし、大切な役割はあっても、唯一の役割ではない。

学ぶ場所、社会性を身につけるやり方は、ひとそれぞれで、その自由を認めることで、ずいぶん多くの人がラクになると思うのですが。

みなさんは、どのようにお考えですか?
(転記)


いや~、もうその通り。
学校は大事な役目はあるし、楽しく行けたら行くに越したことはない。
私は小学校、高校好きだったし、(家も学校も辛かったのか、中学の記憶なし)
家が結構ヘビーな状態だったので、学校がなかったら辛かったです。

でも、全員そうとは限らない。

その人に合った働き方が選べるように、
その子に合った学び方が選べないと、ですよね?

うちの母も、学校行きたくないっていったら
「じゃ、休んだら?」といってくれる母でした。

高校の時、年に一度、どうしても行けない日があって
休んで映画見に行ったりしました。

先生の立場になったら、見方が変わってしまうのかな。
来てほしい、って思っちゃうかな。
きちんと「目の前の子ども達の最善」に尽くせる教師でありたいと
思います。





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by kobutadebubu | 2016-07-23 15:48 | 小学校 | Trackback | Comments(0)